事例
Case
においセンサーで排泄を検知、排泄記録のデジタル化を行います。排泄パターンを自動生成し、記録をデジタル化してチームで排泄データを共有します。最適なおむつ交換タイミングで「空振り」「失禁」を減らし、ケアの質の向上と業務負担の軽減を実現します。「ベッドに敷くだけ」「身体非接触」で安心・安全を提供します。
実証評価
Helppad
Labが排泄の介助について業務の効率化やマンパワーの省力化を検討している中で出合った排泄ケアシステム「Helppad」。当初、開発業者として、無限に関わり方がある排泄介助のどこを目指すべきか迷いがありましたが、Labが評価設計と目的の明確化を行うことで、現在のHelppadで叶えられるニーズは何かを再構築し、実証評価へと進むことができました。
対 談
実証評価のストーリー
対談メンバー
(開発企業)
株式会社aba
宇井 吉美氏
代表取締役、博士(工学)
2011年、大学在学中に株式会社abaを設立。
家族の介護を行った経験から
「介護者側の負担を減らしたい」と思い立ち、
介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。
排泄ケアシステムHelppadを開発・製品化。
(Lab担当者)
Future Care Lab in Japan
芳賀 沙織
Lab R&D責任者(社会福祉主事)
10年間メーカーにて、製品の
ユニバーサルデザインや
介護ロボット等の
企画に関わる。
LabではR&D責任者として勤務。
(Lab担当者)
Future Care Lab in Japan
近藤 康輔
Lab研究員(ケアマネジャー)、
教育研修部兼務
ケアマネジャーとして介護現場で勤務後、本部の教育部門でケアマネジャーの教育企画を担当。
LabではR&D担当として勤務。
Helppad開発のきっかけと経緯を教えてください。
宇井:中学時代に祖母がうつ病を発症し、自分や家族が介護に携わる中で、人の力だけでは限界があると感じることがありました。その頃から介護に関心を持ちはじめ、大学は介護ロボットの研究に進みました。大学在学中に特別養護老人ホームの現場実習で、介護職の方が排泄介助のためにご利用者のお腹を押していて、ご利用者が苦しそうにしている場面に出くわしました。思わず介護職の方に「これはご本人が望んでいるケアだと思いますか?」と聞いてしまったのですが、介護職の方は「…分からない」ともどかしそうに答えられたのです。あの時の介護職の方のやるせない横顔は一生忘れられません。その場で事情を聞くと、そのご利用者の方は在宅中に便失禁することがあるので、ご家族が施設での排泄を望まれていたそうです。介護職は家族のケアも考えなくてはならないからと、そこまで深く考えずに質問をした自分をとても恥じました。そしてその体験で、介護職の方はこの正解がない現場で、日々悩みながらケアを実践している実態を知り、「少しでも介護職の方の負担を減らしたい」という思いが湧き上がってきました。その日の終礼に参加した際に、介護職の方にどんなロボットがほしいか聞いてみると、「オムツを開けずに中を見られたら良い」という答えが返ってきました。それなら、その課題を技術で解決しようと決心して、排泄センサーHelppadの開発に着手することになったのです。大学3年の終わりには試作機の目途がついて、共同開発してくれる企業を探したのですが、東日本大震災が起きてしまい、話しは立ち消えました。そこからはなかなか新規プロジェクトの話しは進みませんでした。それでも、製品化の思いは断ち切れずにいた時、ある人の「一緒にやってくれる会社がないなら、自分で作っちゃえば?」というアドバイスで、起業する決心をしました。
Future Care Lab in Japan(以下、Lab)と株式会社abaが、どのようにニーズとシーズをマッチングしていったのかについて教えてください。
近藤:排泄は、介護業務の中でも特にプライバシーに配慮しなければならない支援で、適切なタイミングでのケアが求められます。そのためには適正なアセスメントが重要で、尿について言えば膀胱の蓄尿機能と排出機能をしっかりと確認するために、毎日の排泄行為をきめ細かくチェックしなければなりません。それはご利用者にとって心理的負荷が大きく、もし、テクノロジーで臭いや排出量を検知して正確性の高いデータを得ることで排泄のタイミングを推察できるなら、時間を刻んで排泄行為の確認せざるを得なかった、ご利用者への関わり方が変わるかもしれない。ご利用者の尊厳を守るという面からも、介護職の効率性の面からもその方が望ましいと思っていました。
芳賀:Labとしては、介護職の需給ギャップという課題の解決を重要視しているので、排泄や食事の介助についてどうしたら業務の効率化やマンパワーの省力化につながるのかを検討していました。そうした中で現場のニーズを受けて、排泄アセスメントに必要な正確性の高いデータを標準化・省人力化・自動化でき、ご利用者の尊厳を損なわずに介護職の負担軽減が両立できる排泄センサーを探していた時、Helppadのことを知ったのです。まずは見てみたい、使ってみたい、そして自分で評価設計と目的の明確化を行いたいと思い、宇井さんに連絡しました。
宇井:「オムツを開けずに中を見たい」という現場の声が、どんな課題の表れなのか十分に把握できず、現場の排泄介助には無限に関わり方がある中で、どこを目指せばいいか迷っていた頃でした。それが、Labの方々と出会って話すことで、今のHelppadの機能で叶えられるニーズは何かを再構築することができました。モノづくりをする側はどうしても自分の製品が可愛いという感情が先に立ってしまいます。Labの方々は開発企業側の気持ちと介護現場の両方を理解しつつ、冷静に、客観的に意見を言ってくれるので、とてもスムーズにコミュニケーションできました。
具体的にどのような流れでプロジェクトが進行したのか、また、その過程でどんな苦労があったのか聞かせてください。
芳賀:まずはHelppadのセンサーとシステムの使い方を理解した後、使用対象者の要件定義、現場の排泄アセスメント状況と課題を把握し、使用目的や評価方法を検討しました。一定期間、Helppadを使ってデータを蓄積し排泄のタイミングの把握に努めました。これまですべてマンパワーで対応していたところ、テクノロジーとの併用で少しでも負担を減らしていくことが目的でした。
リアルタイムで排泄介助のタイミングを教えてほしいのと、1週間のデータを取り貯めて判断するのではまったく目的が違いますし、必要なテクノロジーも変わってきます。目的が何なのかの整理とそれに見合った機能をどう使っていくのかを設計することが一番大事ですし、苦労したところです。
宇井:私の方は、苦労はほとんどありませんでした。Labの方々には、実証現場の介護施設との調整や、実験計画、機器の評価など、本当に丁寧に実行してもらいました。最近は減ってきましたが、介護現場にテクノロジーが介入することに拒否感を持つ人もまだいらっしゃいます。それが、研究者や技術者と対等に話しができ、ましてや実験の設計・評価、リポーティングまでできる人たちがいる国内法人はほぼないと思います。むしろ、私たちの方が学ぶことが多かったですね。
芳賀:宇井さんのキャリアをお聞きして、自分とバックグラウンドや考え方が近いと感じていました。私も身内に身体が不自由な祖母がいて、小さい頃から介助の手伝いをしていたので家族や親戚の苦労も見ていて、人の力だけでは限界あると感じていました。大学在学中に宇井さんと同じように介護施設で働き現場に触れ、改めてテクノロジーもしっかり活用すべきだと実感しました。一方で、現場のテクノロジーへのハレーションも知りました。そんな中で、どこを人がやればいいのか、どこをテクノロジーに任せればいいのかを模索してきました。そんなベースの部分が宇井さんと近しいと感じて、共感していました。
現場実証を通して、どんな気づきや学びがあったか教えてください。
宇井:Labの現場実証の設計、特に何を基準にして評価するかについて、とても勉強になりました。Labでは製品の検知精度まで測定し、その測り方なら介護職の方が見ても満足できる評価方法を見出してもらったことはありがたかったです。開発企業側はシビアになり過ぎる傾向があり、それだとご利用者に負担がかかってしまう。そんな難しいところを絶妙なバランスで設定してもらいました。Labの方のような経験を通じて、製品のことを考えられるプロフェッショナルに預けた方が良い結果が得られると気づかされました。
芳賀:排泄ケア・アセスメントの考え方は介護法人ごとにさまざまで、Labとしてはより多くの法人で活用できるテクノロジーの実証評価をしたいと考えていました。私自身、北海道から沖縄まで150以上の他社の介護法人の施設を実際に自身の目で見てきて、宇井さんも数多くの法人と関わられています。日頃からいろいろな相談や意見交換をする中で、排泄アセスメントだけでなく、業界全体の状況も踏まえ、テクノロジーを併用することで、マンパワーの知識や経験だけに頼らない方法を実現したい、という思いを共有できたことは、とても勇気づけられました。
近藤:現場での実証評価を通じて、ユーザーの要望に対する宇井さんたちの真摯な向き合い方には感謝しています。一方で、実証をする側としては、道具の持つ意味を正しく理解しておくことが重要だと感じました。それぞれの道具には目的と使い方があり、その理解があって初めて効果が表れる。人はある道具を使い始めると、その用途以上のことを求めるようになり、その道具の評価を下げて、また別の道具に頼ろうとする。道具は道具でしかないからこそ、道具が便利になればなるほど、人の知恵こそが大切になると改めて感じました。
Helppadの現状と今後の展望についてお聞かせください。
宇井:すでにヒアリング、現場実証協力、購入などを含め、約80の介護施設、合計100台ほど納品しています。さらに介護ロボット補助金などのタイミングに合わせて、追加購入したいという声も届いています。そんなHelppadの展望としては、「存在感のまったくない存在」にすることが目標です。オムツや布パンツに超小型化し内蔵する、もしくは据え置き型にして部屋に置いておくだけで検知できるようにするなど製品形状のイメージはいくつかありますが、基本的なコンセプトはブレないように意識しています。いずれにしろ、「介護は生活支援なので、生活を乱さないように」という現場の方との約束を忘れずに取り組んでいきたいと思っています。
芳賀:現在、SOMPOケアの2施設で実証評価を実施し、今後、要件定義に合う対象者の多い施設で展開していく予定です。将来的な展望としては、現状のコンセプトのまま、なるべくご利用者や介護職の方に負担がかからない方法で、対象者の幅を広げられるような製品を開発していきたいです。宇井さんが話されたような小型化や非装着が可能になれば、より多くの人が使えて、より良い介護の実現にもつながると考えています。また、Labとしては、テクノロジーの特性を理解した上で、何をテクノロジーに頼り、何を人に任せるか、それをどのように分担していくのか、今後も目的や活用方法を明確化して、マンパワーだけに頼らないテクノロジーの活用領域を広げていきたいと思います。
対談の内容は2021年9月時点のものになります。
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